秋の片隅

9月15日 雲が多いが久しぶりに布団を干した。
動くと暑いが、朝晩はだいぶ冷えて夜中のタオルケットが心細くなってきた。

バスの車窓からもキンモクセイの咲く様子が見られるようになった。
誰かの球根が増えて譲られたものなのか、前の店にも並びのお宅にも彼岸花が花壇で咲いている。

先日の神代植物公園の画像。
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一昨日のインシデントの件はその後何も言われず、彼女も急遽の休みで今まで通りの一人での仕事。
アシストは気心知れた(仕事を把握している)孫と言ってもいいほど若い栄養士だったので、追われる事も問題もなく一日が終わった。

そういう時代なのだ。
職場を見渡せば、同世代や年上の方を見る事は少なく若い人達ばかりだ。
ドクターやナースにはベテランの地位の高い人の中には何人かいらっしゃるが、わたしと直接関わる人達の多くは親子ほどの歳の差だったりする。

この若者は高学歴ではあるけれど現場ではどうかなと思っていられたのは十数年前。
今の職場の責任ある立場の人達は、自分の職務を淡々とこなして、こんなおばさんの話し相手や相談にも乗ってくれる。
つくづく話せば、還暦に近い気弱なおばさんを逆に励ましてくれたりするのだ。

本当に感心する。
と思う事がもう自分が現役バリバリの立場ではなくなったという事だ。
そう、昔だったらこんな若いもんに言わせておくものかだったから。
老いては子に従え・・みたいな境地でござる。

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昨日つくづく感じたのだが、ランチタイムのお客様の中にはわたしを親のように見ているのかなという物腰の人が何人かいらっしゃる。
多少手間取っても一人だから大変ですよねぇとか労いの言葉を掛けてくれたり、戴きます♪と丁寧にトレイを運ぶ人も居る。

人は感情の動物である。 (しつこいが)
心が豊かになると盛りも豊かになったりする時もあるかもしれないかもしれない。(笑)

きっとその時はわたしも親のような気持ちになっているのだろう。
名前も知らないお客様ではあるけれど。

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何日か前、NHKのアーカイブスで飢餓時代はまた来ると思うかあなたの飢餓時代はとかやっていて、正式な番組名は忘れてしまったが1977年の映像だった。

あなたには飢餓時代はありましたか。

キクノヤを出てから何年か転々としていた期間、衣食住の殆どに不自由していた時はあったが飢餓時代とまでは言えないだろう。
お弁当を持っていけなかった、山菜や味噌でご飯を食べていた、スナック菓子やケーキは食べられなかった。
それでも何かを食べていたのだから飢餓とは言えない。

そんな時代は母がまた住み込みの仕事に就くまでのその四年間くらいだったと思う。
その後も食べられたというだけで決して安心できるものではなかったが。

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こんなわたしが花が好きなのは、女性らしい感性からだけではないと思う。
食べられる山菜を求めて分け入った野や山に咲いていた花達の姿が今も心を占めているからだと思う。

わたしは生きているよ、今も此処で。

過ごしやすくなった秋の片隅に。

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