思えばつれづれなり

新しい仕事に就く日まで今日を含めてあと三日。
思えばちょうど一年だったと気づいた。

それは一年という時間が必要だったのかもしれないとも思った。
あちらでの長い生活を捨てたという悔いを消すことや、今の現実を受け入れるという気持ちになれるまで持病の治療も含めて精神的な整理にもこの時間は必要だったと思う。

画像


これからの仕事に必要なものを用意しながら、現場で働く自分を想像する。
面接の際、上司から問われた事柄がある。
仕事を覚えることもそうだが、人間関係も難しい。その辺は大丈夫ですかと。
それらも含んで、今までの経験を生かして自分はどんな対応ができるのだろうと思う。
大丈夫です。今までも女性の職場に居ましたから想像はつきます。
そうは答えてはみたものの、あの頃とこれからは体制も年齢も経験も違う。
どんな想像がつくというのか。

画像


長い間一つの器の中に居て、その中で全ての用が済んできたのだから、いざ世間に出てきたらいろいろな意味で何も知らない人間になっていた。
器に入った時から自分のデコボコを削って必要ないものはこそぎ落として、その形に収まろうとしてきたのだから仕方ないとも思う。
小さな町は、仕事を離れたら普通の人とはなかなか見てはくれなかったせいもあった。

その習性が器を外れた今でも染みついて放れない。
例えば、外来受診の際も他の患者や病院スタッフとすれ違う時は自分から通路の端によけて歩いていたりする。
患者の自分が端っこで、病院スタッフは気にもしないで通路の中央を歩く。
それは他の外出の時にもいろいろな形で表れる。
そんな些細などうでも良いことに拘ったり呆れたりする。
人の視線に触れる時、自分がどう見られているか。どう思われているか。
ひどく気になって仕方がない。

こうして新しい仕事に就くとしても、過去のトラウマがこれからの人間関係に影響しないかと神経を遣わなくてはと思う。
そこはそこ、ここはここ。今までとは違うのだから精神的にも新たな気持ちで仕事をするのだともわかっているのだが、まだ以前の職場でのダメージから抜け出せないようだ。

だれも新たな世界に挑む時は、このような不安は当たり前なのだろうけれど。


この記事へのコメント

  • 花猫

    いよいよ新しい出発なのですね。
    “不安”とっても良くわかります。
    私も“これから先の授業についていけるのだろうか?”“国家試験に受けるのだろうか?”“治療家としてやっていけるのだろうか?”次々と不安が浮かんでは消えます。
    そんな話をしたらある方が“プロのスポーツ選手でもやっているイメージトレーニングをしなさい”とアドバイスしてくれました。
    “寝る前に必ず国家試験に受かって喜ぶ自分をイメージしてごらんなさい”と。
    reiさんが笑顔で働く姿が目に浮かびますよぅぅぅ(^_-)-☆
    2008年02月29日 22:44
  • rei

    ★花猫さんへ
    コメント有り難うございます。

    新しい仕事が決まり、いよいよ勤める日が近づいたら果たしてという不安が強くなってきました。この一年という時間は私にとってどう理由づけても少し長すぎたのではないか。仕事はゆっくり見つければ良いと自分を納得させるまでずいぶんと悩んだし苦しみました。
    うまく言えませんが、そうやってこころを解放することを覚えたら、今度はその閉じ方を忘れてしまったのではないか。こんな無神経な自分が知らぬ間に人を傷つけたりしないか。そう思っているのです。
    やってみなけりゃわからないだろう。それも分かっているのですが、今は少し凹んでいるわたしです。
    2008年03月01日 00:14
  • シンチロリン

    こんばんは
    明日っからですね
    まあ、ぼちぼち やっていきましょう。
      お気楽な私で スイマセン。。
    2008年03月02日 22:42
  • rei

    ★シンチロリンさんへ
    『ぼちぼち』とか『肩の力を抜いて』と構えていたら
    先制パンチをくらって熱発で~す^^;
    世の中、そんなに甘くないのですねぇ(おばさん後悔・・)
    でもめげずに通い続けまする♪
    コメント有り難うございます。
    2008年03月05日 21:59