思ふ


カサカサと音が聞こえたので今年も各種クリームの出番。
例年通りわたしの場合、かかとのザラザラから季節の変化を感じます。
今までは水仕事が多く、一日中長靴を履いての立ち仕事だったのでヒドかったのですが
今年はどんな具合になるでしょうか。
でも原因は違う所にあって、加齢に拠るものかもしれないとも思うのでした。(悲しい現実^^;)

・・・・・・**・・・・・・**・・・・・・・


今朝ちょうど出勤登校時間でした。
足早に駅に向かう人並みの間を自転車で通り抜けました。
あっち側とこっち側の場面では思いは違うものなのだと、今まで時間に追われて生活をしていた頃を思い出していました。
多くの事について“制約”があった時は、町行く人達に目礼しながら役目を果たしていましたが、その“制約”の括りから外れてしまうと、こんなにも視線や感じ方が変わってしまうのかとつくづく思います。

以前の同僚との会話が頭に残っています。
“仕事は自分にあった仕事をゆっくりと探せば良い”
自分に合った仕事、それはその同僚がわたしの性分をよく知っているからこそ言っているのだと感じました。
損得関係なく身を惜しむこともなく、“公的”だからこそ一個人の思惑や優越など考えず、ただ自分に与えられた職務を遂行してきました。
融通が利かない“不器用な人”なのでしょう。白を黒とは言えないのでした。
その為に職場では考えの異なる人と衝突もしました。
定年まで波風立てずに打たれることもせず、ぬるま湯に浸っていれば良い場所は、わたしには最初から合わなかったのだと思います。大人気ない損な性分だと我ながら思います。

かと言って、譲ったり我慢したりの忍耐をしなかったわけではありません。
プライベートでは個人の生活をして良いのですが、“不器用な人”はそういう場でも、いつも人々の視線や思惑を気にし続けていました。
○○のくせに、○○に勤めてるんだから・・こうあるべきだとこうしなくてはならぬという考えが常に心にありました。狭い町では特にそうしなくては何を言われるか。
今思えば、病気の原因は多少なりそこにもあったと思います。

自分に合った仕事。
天職だと思っていた職業が全く違う方向から崩れてしまったので、今は自信がありません。
なぜその道を追求してはならないのか。
今まで培ってきたものを活かしてならないのか。
時代の変化もあります。年齢的なこともあります。
自分に合った仕事。難しいです。
好きだから一生懸命やりたいと思うだけではダメな時代なのでしょうか。

無表情で何かに追われるように通り過ぎて行く通勤途中の人達。
少し前まではわたしもあっち側だったと思った朝でした。

この記事へのコメント

  • yotti

    おはよう御座います

    今日は柔らかい陽射しが心地よい朝でした
    reiさんの植えられたビオラの 何とも云えぬ表情に
    暫し見入ってました

    小生もなかなか自分に合った仕事見つかりません
    結局 6月一杯で辞めた会社に再就職する事となり
    12日に身の回りの物と夜具を車に積んで
    暫し家族と離れ離れで稼いできます

    子供の頃 肉親の愛情が薄かった分
    こう云う形で仕事に就くのは ホントに淋しくて
    自分に対して もどかしさを感じています
    時代の波に押し潰されそうです
    reiさんが 好きで一生懸命になれる仕事が
    見つかる事を祈ってます
    2007年10月10日 10:57
  • rei

    ☆yottiさんへ
    コメント有り難うございます。
    12日ならもうすぐですね。
    ご家族と離れて暮らす寂しいお気持ちお察し致します。

    お互い一本気な性格が災いしているようで
    実はyottiさんの記事を拝見して
    正直な所を記事にしようと思って書いたのです。
    仕事を選んでいるわけではないのです。
    どんな仕事も尊いと思うからこそ、考えなくてはと思いました。
    人の顔色を伺いながら自分を曲げる事も厭いませんが
    一人では出来ない仕事ゆえの怖さからまだ抜けられません。
    もう二度とあのような思いはしたくないのも事実です。
    のん気な生活をしているように見えますが
    本当の気持ちって出すのは難しいですね。

    お体に気をつけて頑張って下さい。
    奥様の為にもお願いします。

    2007年10月10日 18:13