あした

命にはあついもうすいもかるいもおもいもなく
誰にとってもどんな事があっても
粗末にしたり軽率に扱ったりしてはならないものだと
自分と同じように誰のものでもそれは尊厳あるものだと思うけれど
守らなくてはならないものだと思うけれど

自分が今くだらないと思われている生活をしていても
それはそれで有りかと思うように
寝る暇もなく働いている人も辛い思いで苦しみながら暮らす人も
地位も財産もあって満たされている人も
それはそれで人生なのだろうと思うけれど

最近の報道を観ていると少し違うのかとも感じる。

何が何と言うわけではないけれど
それが現実なのだけれど
自分はどうする事も出来ない人間だけれど
結局こんなものなんだなと思う。

ひがみや嫉みも充分に有るけれど
諦めというか呆れたというか。

社会の仕組みがそうなんだって
しあわせとかお金とかおいしい所って呼ばれるものは
最初から流れていく場所は決められているのかなって

だって一生懸命働いて信じて
義務だよ常識だよと言われ続けて
責任を果たして来た人達が今取り残されて

それではいかん!
国民の為とパフォーマンスしている人達は
結局は名をあげ
回りまわって安泰な身分に収まる為なんだろうし
詰め寄られれば
知らなかったと公然と言える人達なのだから

お伽話の裏方は
脚光も浴びず冷飯を食べ薄い毛布に包まって
あしたというあてにもならない細い細い光に
命を繋いでしあわせという感覚を味わいたいと
結局は最初からそんなものなんだと
決められているんじゃないかと

心を強く持てる人はまだその力が残っているからで
前向きに生きられる人はまだ支えられているからで

今朝狭い台所でふと思った。

命に軽い重いはないように
全ての人にそれぞれの尊い人生があるように
あしたという日があるように願いたいと。

この記事へのコメント

  • itsuki

    そのとおりですね。
    いろんなことがあって、不安というか落ち着かない日々を過ごしています。
    世情がそうさせるのか、自分の問題だけなのかよくわかりません。
    でも、毎日朝はやってくるんですね・・・
    2007年10月24日 12:50
  • rei

    ☆itsukiさんへ
    いつの時代もきっとそんな事は有ったのだと思います。
    ただ自分が若く気づかなかったのかもしれないし
    時代も今よりは少し上向きで人々にもゆとりがあったから
    こんな事態にはならなかったのかもしれません。
    社会は社会、自分さえしっかりしていればという考えは
    通らないのかもしれませんね。
    振り回されて巻き込まれて
    いつの間にか取り残されていた浦島太郎状態です。
    時代の流れという枠組みに納まれない自分を
    情けなく感じている最近です。
    2007年10月24日 15:01